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2016.06.10 原風景

コンペの素材撮影のために、先日幼少を過ごした吹田の山田に行ってきました。
ちょっと曇りでしたがなんとかもちました。

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阪急山田駅から徒歩で地元方面へ。市民体育館では当時50円払ってよく卓球をしてました。
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昔通っていた塾(千里学院だったかな?)はもうなくなっていました。結構ここに通うのは憂鬱だった記憶が。
当時は勉強よりも遊びが優先でした。模試で絶対に勝てない子がいてました。完全に努力不足ですね…。
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当時住んでいたマンション横に「なべくら」っていう美味しいうどんやさんがあってよく家族で来ていましたが、やはり今は違う建物へと変わっていました。
時間の経過を感じます。ちょっと寂しいです。いつもお店の中にはなぜか演歌が流れていました。
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当時のマンションは今も健在でした。僕が住んでいた部屋は今も違うご家族が使われているようでした。
今も大切に使われていると思うと少し嬉しくなりますね。ジャングルジムのようなマンション、いつも誰かがいたので、遊び相手には困りませんでした。
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マンション前の公園も変わらずありました。みんな使った滑り台も。
当時はここでビー玉で遊んでたかな。ミルキー玉というレアなビー玉はゲームに負けて没収されたくないので温存して、一番数の多い雑魚キャラ的ビー玉でいつも勝負していました。
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この木はかくれんぼで一番人気だった場所です。
高い所に登るのは子供にとっても本能的に楽しいことです。きっとこういう要素が今の自分の設計につながっているのかなと思います。
みんな大好きでいつもここへ隠れるのですが、鬼もわかっているのですぐに見つかってしまうというのが難点です。
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マンション屋上からの風景。
当時は菊竹さん設計のエキスポタワーが見えましたが今はありません。
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太陽の塔もマンションから毎日見ていました。
岡本太郎の太陽の塔は一般的にはものすごい異物のような扱いをされていますが、僕にとっては小さな時から毎日一緒に過ごした仲間のような存在です。
身近にこういうアートがあるのが当たり前の環境でした。
誰かの家で遊んで5時くらいに家に帰る時、このマンションから見える夕焼けの風景が好きでした。
そして各々のお家で晩御飯の支度をする良いにおいがしていたのも覚えています。
よく万博公園にも自転車で行ってました。

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マンション前の坂道。昔は小さなアパートがあって、少年野球の監督さんが住んでいて、学校帰りにおっちゃんの家によっていつもジュースを飲んで、布団屋さんであるおっちゃんの仕事の邪魔をしていました。
この布団屋のおっちゃんに出会うことで少年野球に入ることを決めたのでした。

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これまたマンション前の坂道。当時は竹林だったのですが、駐車場になっていました。
吹田は竹林がなぜか多かったように記憶しています。
やはり20年という時間はいろんなものを変えていくのかなと感じる一方で、町の骨格や空気感は変わっていないところもあって嬉しくも思えました。
小さなエリアの中にいろんな場所が立体的につながっていくまちの構造は、今の設計に大きな影響を及ぼしているのかなと感じることもあります。
また後半は翌日へつづく。